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6話 『デリア』に来た理由

last update Last Updated: 2025-01-19 10:47:51

 イレーネは交番の椅子に座り、青年警察官が馬を連れて戻ってくるのをじっと待っていた。

そこへ……

「どうもすみません、お待たせいたしました」

扉が開き、声をかけられたイレーネは振り向いた。外には一頭の栗毛色の馬の姿がある。

「いえ、そんなに待ってはおりませんので」

「そうですか? では早速行きましょうか?」

青年警察官は『巡回中』と書かれた立て札をカウンターに立てると笑顔を見せる。

「あの……でも、本当によろしいのですか? お仕事中なのに……」

申し訳なくて、イレーネは伏し目がちに尋ねる。

「ええ、お気になさらないで下さい。困っている人を助けるのも警察の仕事ですからね」

「はい。それでは恐れ入りますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「いいえ、気にしないで下さい」

そして二人は連れ立って交番を出た。

「では出発しましょう」

イレーネの背後から馬にまたがった警察官が声をかけてくる。

「は、はい。よ、よろしくお願い……します……」

生まれて初めて馬の背に乗るイレーネが声を震わせながら返事をする。

「あの? どうかしましたか?」

「いえ……お恥ずかしい話ですが、馬の背中に乗るのが初めてなので……こんなに視界が高くなるなんて思いもしませんでした」

男爵令嬢でありながら、落ちぶれた貴族。当然イレーネは乗馬など嗜んだことすらない。

「そうだったのですか? それなら大丈夫です。後ろから支えてあげますから安心して乗って下さい。逆に怖がると、馬にまでその恐怖心が伝わってしまいますよ」

「え? それは本当ですか? なら平常心を保たなければなりませんね」

イレーネは背筋を伸ばすと、青年警察官は笑った。

「アハハハ……なかなか面白い方ですね。では行きましょう」

そして、二人を乗せた馬は常歩で町中を歩き始めた。

****

「ここが、この町で有名な美術館ですよ。週末になると大勢の人で賑わいます。駅からは真っすぐ行けば辿り着くので分かりやすいです。その向かい側にある大きな建物は洋品店です。有名なデザイナーがいるそうですよ」

青年警察官はまるでガイドをするかのように、イレーネに町の案内をしている。

「あんなに立派な美術館や洋品店があるなんて、さすが『デリア』の町は大きいですね」

始めは馬を怖がっていたイレーネだったが、徐々に楽しい気分になってきた。今は町並みの光景を楽しむまでになっている。

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     10時――イレーネは言われた通り、丈の短めのドレスに着替えてエントランスにやってきた。「来たか、イレーネ」すると既にスーツ姿に帽子を被ったルシアンが待っていた。「まぁ、ルシアン様。もういらしていたのですか? お待たせして申し訳ございません」「いや、女性を待たせるわけにはいかないからな。気にしないでくれ。それでは行こうか?」早速、扉を開けて外に出るとイレーネは声を上げた。「まぁ! これは……」普段なら馬車が停まっているはずだが、今目の前にあるのは車だった。「イレーネ、今日は馬車は使わない。車で出かけよう」「車で行くなんて凄いですね」「そうだろう? では今扉を開けよう」ルシアンは助手席の扉を開けるとイレーネに声をかけた。「おいで。イレーネ」「はい」イレーネが助手席に座るのを見届けると、ルシアンは扉を閉めて自分は運転席に座った。「私、車でお出かけするの初めてですわ」「あ、ああ。そうだろうな」これには理由があった。ルシアンは自分の運転に自信が持てるまでは1人で運転しようと決めていたからだ。しかし、気難しいルシアンはその事実を告げることが出来ない。「よし、それでは出発しよう」「はい、ルシアン様」そしてルシアンはアクセルを踏んだ――****「まぁ! 本当に車は早いのですね? 馬車よりもずっと早いですわ。おまけに少しも揺れないし」車の窓から外を眺めながら、イレーネはすっかり興奮していた。「揺れないのは当然だ。車のタイヤはゴムで出来ているからな。それに動力はガソリンだから、馬のように疲弊することもない。きっと今に人の交通手段は馬車ではなく、車に移行していくだろう」「そうですわね……ルシアン様がそのように仰るのであれば、きっとそうなりまね」得意げに語るルシアンの横顔をイレーネは見つめながら話を聞いている。その後も2人は車について、色々話をしながらルシアンは町の郊外へ向かった。****「ここが目的地ですか?」やってきた場所は町の郊外だった。周囲はまるで広大な畑の如く芝生が広がり、舗装された道が縦横に走っている。更に眼前には工場のような大きな建物まであった。「ルシアン様。とても美しい場所ですが……ここは一体何処ですか?」「ここは自動車を販売している工場だ。それにここは車の運転を練習するコースまである。実はここで俺も

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     翌朝――イレーネとルシアンはいつものように向かい合わせで食事をしていた。「イレーネ、今日は1日仕事の休みを取った。10時になったら外出するからエントランスの前で待っていてくれ」「はい、ルシアン様。お出かけするのですね? フフ。楽しみです」楽しそうに笑うイレーネにルシアンも笑顔で頷く。「ああ、楽しみにしていてくれ」ルシアンは以前から、今日の為にサプライズを考えていたのだ。そして直前まで内容は伏せておきたかった。なので、あれこれ内容を聞いてこないイレーネを好ましく思っていた。(イレーネは、やはり普通の女性とは違う奥ゆかしいところがある。そういうところがいいな)思わず、じっとイレーネを見つめるルシアン。「ルシアン様? どうかされましたか?」「い、いや。何でもない。と、ところでイレーネ」「はい、何でしょう」「出かける時は、着替えてきてくれ。そうだな……スカート丈はあまり長くないほうがいい。できれば足さばきの良いドレスがいいだろう」「はい、分かりましたわ。何か楽しいことをなさるおつもりなのですね?」「そうだな。きっと楽しいだろう」ルシアンは今からイレーネの驚く様子を目に浮かべ……頷いた。****「リカルド、今日は俺の代わりにこの書斎で電話番をしていてもらうからな」書斎でネクタイをしめながら、ルシアンはリカルドに命じる。「はい。分かりました。ただ何度も申し上げておりますが、私は確かにルシアン様の執事ではあります。あくまで身の回りのお世話をするのが仕事ですよ? さすがに仕事関係の電話番まで私にさせるのは如何なものでしょう!?」最後の方は悲鳴じみた声をあげる。「仕方ないだろう? この屋敷にはお前の他に俺の仕事を手伝える者はいないのだから。どうだ? このネクタイ、おかしくないか?」「……少し、歪んでおりますね」リカルドはルシアンのネクタイを手際良く直す。「ありがとう、それではリカルド。電話番を頼んだぞ」「ですから! 今回は言われた通り電話番を致しますが、どうぞルシアン様。いい加減に秘書を雇ってください! これでは私の仕事が増える一方ですから」「しかし、秘書と言われてもな……中々これだと言う人物がいない」「職業斡旋所は利用されているのですよね? 望みが高すぎるのではありませんか?」「別にそんなつもりはないがな」「だったら、

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   129話 待つ2人

    「イレーネ……随分、帰りが遅いな……」ルシアンはソワソワしながら壁に掛けてある時計を見た。「ルシアン様、遅いと仰られてもまだ21時を過ぎたところですよ? それに一応成人女性なのですから。まだお帰りにならずとも大丈夫ではありませんか? 大丈夫、きっとその内に帰っていらっしゃいますから。ええ、必ず」「そういうお前こそ、心配しているんじゃないか? もう30分も窓から外を眺めているじゃないか」ルシアンの言う通りだ。リカルドは先程から片時も窓から視線をそらさずに見ていたのだ。何故ならこの書斎からは邸宅の正門が良く見えるからである。「う、そ、それは……」思わず返答に困った時、リカルドの目にイレーネが門を開けて敷地の中へ入ってくる姿が見えた。「あ! イレーネさんです! イレーネさんがお帰りになりましたよ!」「何? 本当か!?」ルシアンは立ち上がり、窓に駆け寄ると見おろした。するとイレーネが屋敷に向かって歩いてくる姿が目に入ってきた。「帰って来た……」ポツリと呟くルシアン。「ほら! 私の申し上げた通りではありませんか! ちゃんとイレーネさんは戻られましたよ!?」「うるさい! 耳元で大きな声で騒ぐな! よし、リカルド! 早速お前が迎えに行って来い!」ルシアンは扉を指さした。「ルシアン様……」「な、何だ?」「こういうとき、エントランスまで迎えに行くか行かないかで女性の好感度が変わると思いませんか?」「こ、好感度だって?」「ええ、そうです。きっとルシアン様が笑顔で出迎えればイレーネさんは喜ばれるはずでしょう」「何だって!? 俺に笑顔で出迎えろと言うのか!? 当主の俺に!?」「そう、それです! ルシアン様!」リカルドが声を張り上げる。「良いですか? ルシアン様。まずは当主としてではなく、1人の男性としてイレーネさんを出迎えるのです。そして優しく笑顔で、こう尋ねます。『お帰り、イレーネ。今夜は楽しかったかい?』と」「何? そんなことをしなくてはいけないのか?」「ええ、世の男性は愛する女性の為に実行しています」そこでルシアンが眉を潜める。「おい、いつ誰が誰を愛すると言った? 俺は一言もそんな台詞は口にしていないが?」「例えばの話です。とにかく、自分を意識して欲しいならそうなさるべきです。では少し練習してみましょうか?」「練習までしな

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   128話 互いに思うところ

     イレーネ達が馬車の中で盛り上がっていた同時刻――ルシアンは書斎でリカルドと夕食をともにしていた。「ルシアン様……一体、どういう風の吹き回しですか? この部屋に呼び出された時は何事かと思いましたよ。またお説教でも始まるのかと思ったくらいですよ?」フォークとナイフを動かしながらリカルドが尋ねる。「もしかして俺に何か説教でもされる心当たりがあるのか?」リカルドの方を見ることもなく返事をするルシアン。「……いえ、まさか! そのようなことは絶対にありえませんから!」心当たりがありすぎるリカルドは早口で答える。「今の間が何だか少し気になるが……別にたまにはお前と一緒に食事をするのも悪くないかと思ってな。子供の頃はよく一緒に食べていただろう?」「それはそうですが……ひょっとすると、お一人での食事が物足りなかったのではありませんか?」「!」その言葉にルシアンの手が止まる。「え……? もしかして……図星……ですか?」「う、うるさい! そんなんじゃ……!」言いかけて、ルシアンはため息をつく。(もう……これ以上自分の気持ちに嘘をついても無駄だな……。俺の中でイレーネの存在が大きくなり過ぎてしまった……)「ルシアン様? どうされましたか?」ため息をつくルシアンにリカルドは心配になってきた。「ああ、そうだ。お前の言うとおりだよ……誰かと……いや、イレーネと一緒に食事をすることが、俺は当然のことだと思うようになっていたんだよ」「ルシアン様……ひょっとして、イレーネ様のことを……?」「イレーネは割り切っているよ。彼女は俺のことを雇用主と思っている」「……」その言葉にリカルドは「そんなことありませんよ」とは言えなかった。何しろ、つい最近イレーネが青年警察官を親し気に名前で呼んでいる現場を目撃したばかりだからだ。(イレーネさんは、ああいう方だ。期間限定の妻になることを条件に契約を結んでいるのだから、それ以上の感情を持つことは無いのだろう。そうでなければ、あの家を今から住めるように整えるはずないだろうし……)けれど、リカルドはそんなことは恐ろしくて口に出せなかった。「ところでリカルド。イレーネのことで頼みたいことがあるのだが……いいか?」すると、不意に思い詰めた表情でルシアンがリカルドに声をかけてきた。「……ええ。いいですよ? どのようなこと

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   127話 令嬢たちとオペラ

     イレーネが足を怪我したあの日から5日が経過していた。今日はブリジットたちとオペラ観劇に行く日だった。オペラを初めて観るイレーネは朝から嬉しくて、ずっとソワソワしていた。「イレーネ、どうしたんだ? 今日はいつにもまして何だか楽しそうにみえるようだが?」食後のコーヒーをイレーネと飲みながらルシアンが尋ねてきた。「フフ、分かりますか? 実はブリジット様たちと一緒にオペラを観に行くのです」イレーネが頬を染めながら答える。「あ、あぁ。そうか……そう言えば以前にそんなことを話していたな。まさか今日だったとは思わなかった」ブリジットが苦手なルシアンは詳しくオペラの話を聞いてはいなかったのだ。「はい。オペラは午後2時から開幕で、その後はブリジット様たちと夕食をご一緒する約束をしているので……それで申し訳ございませんが……」イレーネは申し訳なさそうにルシアンを見る。「何だ? それくらいのこと、気にしなくていい。夕食は1人で食べるからイレーネは楽しんでくるといい」「はい、ありがとうございます。ルシアン様」イレーネは笑顔でお礼を述べた。「あ、あぁ。別にお礼を言われるほどのことじゃないさ」照れくさくなったルシアンは新聞を広げて、自分の顔を見られないように隠すのだった。ベアトリスの顔写真が掲載された記事に気付くこともなく――****「それではイレーネさんはブリジット様たちと一緒にオペラに行かれたのですね?」書斎で仕事をしているルシアンを手伝いながらリカルドが尋ねた。「そうだ、もっとも俺はオペラなんか興味が無いからな。詳しく話は聞かなかったが」「……ええ、そうですよね」しかし、リカルドは知っている。以前のルシアンはオペラが好きだった。だが2年前の苦い経験から、リカルドはすっかり歌が嫌いになってしまったのだ。(確かにあんな手紙一本で別れを告げられてしまえば……トラウマになってしまうだろう。お気持ちは分かるものの……少しは興味を持たれてもいいのに)リカルドは書類に目を通しているルシアンの横顔をそっと見つめる。そしてその頃……。イレーネは生まれて初めてのオペラに、瞳を輝かせて食い入るように鑑賞していたのだった――****――18時半オペラ鑑賞を終えたイレーネたちは興奮した様子で、ブリジットの馬車に揺られていた。「とても素敵でした……もう

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